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本願寺顕如と、三条公頼の娘で細川晴元の養女(如春尼)との婚約が成立(今日は何の日)

7月30日 天文13年(1544)

如春尼は、武田信玄の正室・三条夫人の実の妹です。

結婚時には南近江の戦国大名・六角定頼の猶子となっていました。

まぎれもなく政略結婚です。

武田信玄と三条夫人の結婚といい、本願寺顕如と如春尼の結婚といい、三条家・細川晴元の必死さが分かりますね。

本願寺顕如は、足利義昭、武田信玄、浅井長政・朝倉義景らと信長包囲網を作り、信長を大いに苦しめます。

しかし信玄の死、浅井・朝倉の滅亡により、信長包囲網は崩壊、信長と和睦した上、顕如も石山本願寺を去ることになります。
豊臣秀吉の世になると、秀吉から京都七条堀川に土地を与えられ、新たな本願寺建立の運びとなります。

文禄元年(1592)、50歳にて示寂。

連れ添った如春尼も波乱の人生だったのではないでしょうか。
しかし、政略結婚とはいえ、二人の夫婦仲は良く、結婚三31年目の天正16年(1588年)の七夕には、
「いくとせもちぎりかわらぬ七夕の、けふまちへたるあふせなるらん」 顕如
「いくとせのかはらぬ物を七夕の、けふめづらしきあうせなるらん」 如春尼
と歌を詠み合っているそうです。

本願寺顕如ゆかりの地・史跡
石山本願寺 大阪府大阪市中央区大坂城敷地内
石山本願寺の跡地に豊臣秀吉が創建したのが大阪城です。石山本願寺推定地の碑と説明版があります。

本願寺顕如 墓所 京都市東山区 東本願寺大谷祖廟 
親鸞聖人の墓所として有名なところです。

如春尼の墓所 不明 
ご存知の方教えてください。



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Tag : 本願寺顕如 武田信玄 三条夫人 如春尼 大阪府 細川晴元 京都府

武田信玄の正妻・三条夫人逝去 享年50(今日は何の日)

7月28日 元亀元年(1570)今から439年前

武田信玄の正室・三条夫人が逝去した日 享年50歳

 

三条夫人は、京都の三条邸で、三条公頼の次女として生まれました。
大永元年(1521)生まれですので、晴信(信玄)と同い年です。

 

 

さて、武田晴信と三条夫人の結婚は、信玄の父・武田信虎の武力を見込んでの、将軍および管領、公卿、今川家らが絡む政略結婚といわれます。

 

媒酌人は駿河の守護・今川義元(実質の媒酌斡旋は、その母の寿桂尼)です。

三条家は清華七家の一つで、摂関家に次ぐ家柄、名門中の名門
三条公頼の長女は、細川晴元に嫁いでいます。

この細川の家系は、幕府政治の中枢にあって代々管領家を世襲し、細川晴元も、右京大夫に任官し、幕政を支配する人物。

将軍義晴・義輝をも擁立しています。

 


将軍の権威は弱体化し、幕府の権力は衰退していたこの時期、細川、三条家は、武田信虎の力を欲しがっていたのです。

三条夫人は、天文5年(1536)7月、武田晴信(信玄)に嫁ぎます。

そして晴信との間に3男2女をもうけます。

しかし、嫡男義信の謀反・廃嫡、二男信親(龍宝)の失明、三男信之の早世、長女黄梅院の北条氏との政略結婚の破綻と病死など、子どもたちはみな幸せ薄く、三条夫人も波乱の人生でした。

そもそも新婚早々、信虎の嫡男阻害、廃嫡の思いはエスカレートし、武田家は一触即発の時でした。

晴信が、父・信虎を駿河に追放し、晴れて武田家相続の儀式が執り行われたのは、嫁いでから5年後の天文10年(1541)のことです。

嫡男誕生も、着袴の儀も、二男誕生も、この間のことです。
一歩間違えば夫が追放・自害となっていたかも知れず、三条夫人の不安は想像を絶するものがあったと思います。
そんな中、三条夫人は、夫・晴信に献身的に尽くしていたといいます。

しかし、最大の悲劇はなんといっても、お腹を痛めて生んだ我が子・嫡男義信と、夫・晴信との仲たがいであったかもしれません。
結果、嫡男・義信は自刃に追い込まれます(病死とも)


三条夫人の波乱の人生に関しては、まだまだ書き足りないのですが、今回はこれくらいにして。

三条夫人が亡くなったのは、信濃国駒場で信玄が亡くなる3年前、

元亀元年(1570)のことでした。

三条夫人の菩提寺である円光院の葬儀記録には、快川和尚による三条夫人の人柄を称賛する言葉が残されているといいます。
大変にお美しく、仏への信仰が篤く、周りにいる人々を包み込む、春の陽光のように温かくておだやかなお人柄で、信玄さまとの夫婦仲も、むつまじいご様子でした」。

昭和になって描かれた肖像画
ttp://www16.plala.or.jp/enkoin/images/photo07.jpg

武田信玄ゆかりの地・史跡
三条夫人菩提寺
瑞巌山円光院 山梨県甲府市岩窪町500-1 tel. 055-253-8144

 







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Tag : 武田信玄 三条夫人 山梨県

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