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武田信玄、小岩嶽城を攻略(今日は何の日)

8月12日 天文21年(1552)

武田信玄(晴信)は、天文11年(1542)、諏訪頼重を攻めて諏訪氏を滅ぼす事に成功、信濃に勢力を拡大していた。

天文17年(1548)、小笠原長時を塩尻峠の合戦で破った武田信玄は、小笠原氏の残存勢力掃討戦を展開。

天文20年(1551)10月に、武田軍は小笠原軍の最前線だった平瀬城を攻め落とし、中信地方を制圧してしまいます。
 
さらに、南北安曇の中央に位置し、陸海を結ぶ主要街道の宿城として築城された小岩嶽(こいわたけ)城をターゲットにします。
城主は、村上義清に属していた古厩盛兼。
このときの攻撃では小岩嶽城は陥ちず、武田軍は城下に放火して引き上げています。
 
翌天文21年(1552)の7月末、ふたたび武田信玄は小岩嶽城を攻撃。そして8月12日、武田軍の猛攻により小岩嶽城は落城、古厩盛兼は自害しました。武田軍は500人を討ち取り、数え切れないほどの足弱(老人や婦女子)を生け獲ったという壮絶な戦いだったようです。
 
これにより、武田氏の勢力は善光寺(川中島)以北や南信濃の一部を除き、信濃国のほぼ全域に広がる事になったのです。
 
 
武田信玄VS上杉謙信 「川中島の戦い」が始まるのは、このわずか8ヵ月後のことです。



武田信玄ゆかりの地・史跡
小岩嶽城址 長野県南安曇郡穂高町有明嵩下
長野自動車道「豊科」ICより車15分
JR大糸線「穂高」駅から徒歩30分

長野を訪れる際は、使わなきゃ損しますよ!




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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 武田信玄 上杉謙信 古厩盛兼 川中島の合戦 長野県

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