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羽柴秀吉・柴田勝家ら大失敗 信長に叱られる(今日は何の日)

8月13日 元亀4・天正元年(1573) 

この日の「信長公記」はちょっと面白いです。

8月12日夜、激しい風雨の中、織田信長は自ら馬廻りたちを率いて、ずぶ濡れになりながら、朝倉軍が篭っていた近江の大嶽城、丁野山城を攻撃、そしていとも簡単にこれを陥します。
大嶽・丁野が落ちたため、信長は朝倉勢が今夜のうちにも越前へ退却を始めると読みます。
そして先手の諸将へその旨を伝え、「退却する朝倉軍を逃さぬよう覚悟せよ」と再三にわたって命じたのです。
しかしそれでも信長は自分を抑えきれず、日が変わった13日ついに自らも越前衆陣所へ攻め入ったのです。

このとき越前軍の近くに布陣していた先手とは・・・
佐久間信盛・柴田勝家・滝川一益・蜂屋頼隆・羽柴秀吉・丹羽長秀・稲葉一鉄・蒲生氏郷・進藤山城守・永田刑部少輔・阿閉貞征・山岡景隆らそうそうたる顔ぶれ。 

ところが! 
朝倉義景の退却に対して、追撃を最初に仕掛けたのは、織田信長でした。 

信長からの再三にわたる命にも関わらず、油断しきっており、信長に先を越されてしまったのです。

先手衆らはあわてて信長の後を追い、そして地蔵山でようやく信長に追いつき、神妙な面持ちで御前に並びます。 
信長は「この比興者どもめが」と彼らを激しく叱責したそうです。

「比興者」(ひきょうもの)とは、「困ったやつら」といった意味でしょうか。
いつの時代も「比興者」がいるんですね。

 

それにしても秀吉たち、焦ったろうなぁ

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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 織田信長 羽柴秀吉 佐久間信盛 柴田勝家 滝川一益 蜂屋頼隆 丹羽長秀 稲葉一鉄 逸話

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