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毛利元就の嫡男・毛利隆元 没(今日は何の日)

8月4日 永禄6年(1563) 

毛利隆元は、安芸(広島県西部)の戦国大名。毛利元就の嫡男。 豊臣五大老となった毛利輝元の父。

毛利隆元は、安芸国多治比猿掛城で生まれました。

父・元就に似ず、おっとりとした弱気な性格だったといわれます。
毛利元就は、弱気で真面目な長男の性格を案じたのか、長男の隆元、次男の元春(吉川元春)、三男の隆景(小早川隆景)の三兄弟に十四か条の書状(「三子教訓状」)を送り、三人が結束して毛利家の安泰に努めるよう諭したといいます。「一本の矢は容易に折れるが、三本だと折れない」と元就が諭したという「三本の矢」の逸話はこの書状にヒントを得たものと言われています。

永禄6年(1563年)8月4日未明急逝。謎の死を遂げます。享年41でした。

死因は食あたりとも毒殺ともいわれていますが真相は不明です。

父に先立つものの、毛利家の存続と勢力拡大のため精力的に活動し、優れた手腕によって父・元就を陰ながら支え、後三百年の毛利家の基盤を構築しました。

元就は隆元の死後、「隆元候ツル時ハ世上ノオソレモスクナク候テ罷リ居リ候」
隆元が生きていた頃は心強かった)と手紙を記しています。

毛利隆元ゆかりの地・史跡
毛利隆元逝去の地
佐々部の蓮華寺で遺骸を荼毘にふしました。その火葬跡を死去地としています。
国道433号線沿い、民家の庭にあるので一言声をかけましょう。
安芸高田市高宮町佐々部 式敷地区
0826-57-1803
安芸高田市教育委員会高宮教育分室







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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 毛利元就 毛利隆元 広島県 小早川隆景 吉川元春 逸話

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