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直江兼続・因縁の相手 新発田重家(福勝寺)

新発田重家像 新発田重家公像

今年6月、新発田に行く機会があり、新発田城新発田重家の像がある福勝寺の近辺を歩いてきました。
大河ドラマ「天地人」で、直江兼続と新発田重家の因縁がどんな風に描かれるのかな?と楽しみにしていたのですが、残念ながらその辺りはほとんど取り上げられませんでしたね。

直江兼続にとって新発田重家とは・・・

新発田重家はもともと上杉謙信の家臣でした。
御館の乱で景勝方につき大いに活躍しますが、ほとんど恩賞を与えられず、さらに景勝が上田衆ばかりを重要視したことへの反発から上杉に反旗を翻します。
そして新発田重家は、7年もの間、上杉景勝に抵抗し続け、特に新発田と領地を隣接する与板を居城とする直江兼続を悩ませ続けた武将です。

新発田城02 新発田城

 
上杉景勝は、幾度となく新発田を攻めますが、時にはあっけなく敗れ、時には散々な目に遭い、時には危うく討ち取られそうにまでなります。

そして天正12年、上杉景勝は直江兼続に新発田を攻めさせますが、戦巧者で知られる新発田重家の前に直江の陣は崩壊。直江兼続は大損害をこうむって敗北しています。

しかし天正15年、羽柴秀吉の支援を受けた1万余の上杉景勝の大軍に新発田城は取り囲まれます。
新発田勢は家臣共々最後まで戦いますが、ついに新発田重家は城を打って出て、敵陣に突入すると甲冑を脱ぎ捨て、真一文字に腹を掻き切って自刃したといいます。

福勝寺前の通り 

福勝寺に続く板塀

福勝寺 

福勝寺(左が新発田重家公像)

福勝寺看板 

案内板(クリックで拡大)

 

新発田重家廟 

新発田重家公廟(像の裏にあります)

 

境内にはお墓や宝物殿があるようですが、時間がなく行けませでした(残念・・・)

 


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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

Tag : 直江兼続 新発田重家 上杉景勝 新潟県

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