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毛利元就の二男・松寿丸が14歳で元服、元春を名乗る(今日は何の日)

8月30日 天文12年(1543)

吉川元春は享禄3年(1530年)、毛利元就の次男として安芸吉田郡山城で生まれます。母は吉川国経の娘・妙玖。幼名は松寿丸。

天文10年(元服前の12歳の時)宮崎長尾合戦(尼子晴久討滅戦)で、自ら初陣を志願。勇躍敵陣に突入し奮戦したといいます。

その2年後の天文12年(1543)の8月30日、14歳で元服しました。

兄の毛利隆元より「元」の字を受けて元春と名乗ったともいわれていますが、
元春という名は毛利氏の先祖で、安芸に土着した毛利氏の勢力拡大に腐心した「毛利元春」と同名で、父・元就が元春に掛けた期待のほどが窺えます。

吉川元春は、弟の小早川隆景と共に毛利家発展の基礎を築き上げました。生涯で76度の合戦に臨み、64度の勝利を収め、一度として敗れたことのない名将と伝えられています。
父・元就をしてその勇猛ぶりは、「我は戦では元春には及ばぬ」と言わしめたとされています。

その一方で、読書家であり、謹厳実直な性格で、自分の子ども達に対する躾も厳しく、着衣、飲食、礼儀作法などを詳しく訓戒した書面も残しています。
吉川元春にとって最後の戦場となった九州では、撤退の途中、猛吹雪の中で凍死寸前の商人を発見して救ってやるという仁愛に厚い武将の一面を見せ
ています。

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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 吉川元春 毛利元就 小早川隆景 逸話

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