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武田信玄ゆかりの地

武田信玄を知る上で外せない、ゆかりの地を紹介します。(ほんの一部、4ヶ所)

躑躅ヶ崎の館跡(武田神社)  
武田神社02

武田信虎、信玄、勝頼の三代が住んだ館。 
永正16年(1519)勝頼が新府城を築いて移るまで、甲斐の国の中心でした。
館跡には当時からの堀、石垣、古井戸等が残り、信玄を始め一族の遺香を現在まで伝えています。

境内にある「三葉の松」は全国でも珍しく、黄金色になって落葉することから、身につけると「金運」のご利益があるといわれています。

信玄を祀る武田神社は大正時代に創建されたもの。宝物殿では、金小実南蛮胴具足「武田家相伝」(戦国時代)、信玄公軍扇(戦国時代)、武田二十四将図(江戸中期)、武田信玄公木造などを見ることができます。

躑躅ヶ崎の館跡(武田神社)
山梨県甲府市古府中町2611  055-252-2609 


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恵林寺

恵林寺  
武田信玄が快川紹喜を住職に招き、菩提寺にしていた寺です。

元徳2年(1330)夢窓国師によって開山された、臨済宗妙心寺派の名刹。寺の山門に掲げられた「心頭滅却すれば火自ずから涼し」は織田信長の焼き討ちにあった際、快川和尚が唱えたもの。

信玄没後4年目に武田勝頼を喪主として恵林寺で大葬儀が執行されています。
境内には、武田信玄の墓、武田家家臣の墓七十基も並びます。

信玄公宝物殿の収蔵品は、武田信玄所用と伝わる兜や軍配、真田昌幸所用と伝わる甲冑、風林火山の旗、武田信玄書状、甲陽軍鑑初版本をはじめ、400点以上といわれ、その一部を定期的に変更して展示されています。 また明王殿には、武田信玄が生前に対面で摸刻させたという、等身大の不動明王が安置されています。

恵林寺
山梨県甲州市塩山小屋敷2280  0553-33-3011

雲峰寺 
天平17年(745)、行基が開いたとされる由緒ある寺院。本堂、庫裏、書院、仁王門がすべて国の重要文化財に指定されています。室町時代に消失したのを武田信虎が再興しました。

宝物殿には、武田家の家宝である日本最古の日の丸の旗、信玄の軍旗・孫子の旗(風林火山の旗)、信玄の御身旗・諏訪神号旗、信玄の馬印などのほか、武田の古文書類が多数保存されています。

旗類は、武田勝頼が天目山の合戦で敗れ滅亡した際、託された家臣が山伝いに運び寺に納めたものです。

雲峰寺
山梨県甲州市塩山上萩原2678  TEL.0553(33)3172 



甲斐善光寺
武田信玄が創建した寺です。

川中島の戦いで、長野の善光寺に戦火が及ぶのを恐れた武田信玄は、永禄元年(1558)、本尊の阿弥陀如来や寺宝を移して創建しました。

武田氏滅亡により、御本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々としましたが、慶長3年(1598)信濃に帰座しています。

寺は宝暦4年(1754)に消失しましたが、同年に本堂は再建されています。

金堂(本堂)は、高さ27メートル、奥行49メートルという、日本有数の木造建築として有名(東日本最大の木造建築物)で、山門とともに重要文化財に指定されています。その金堂下には、「心」の字をかたどる、お戒壇廻りもあり、鍵を触れることによって、御本尊様と御縁を結ぶことができるそうです。鳴き龍は日本一の規模。

甲斐善光寺
山梨県甲府市善光寺3-36-1 TEL 055-233-7570

 

 

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Tag : 武田信玄 山梨県

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