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伊達政宗の絢爛豪華な戦装束 これぞ伊達者!(今日は何の日)

9月18日 文禄2年(1592)
伊達政宗が朝鮮出兵から名護屋に帰還する。

今回は、伊達政宗が朝鮮に出兵した際の装束についてご紹介したいと思います。

朝鮮出兵時に政宗が伊達家の部隊にあつらえさせた戦装束は非常に絢爛豪華なもので、他の軍勢が通過する時には、静かに見守っていた京都の人々から、突然どよめきが起こったといいます。

伊達政宗の装束が、派手な装いを好んで着る人を指して「伊達者(だてもの)」と呼ぶ由来となったのは周知の通りです。
桃山文化の洗礼を受けた京洛の人々でさえも魅せられたという、朝鮮出兵時の伊達政宗および伊達軍の装束とはどんなものだったのでしょうか?

調べてみたところ、以下のようだったといいます。

弓・槍の足軽たちの具足は、すべて黒の漆塗りで統一され、前と後ろには輝く金星をつけていました。刀や脇差しの色も統一され、すべて櫂棒形に作って銀と朱に塗ってありました。
笠は長さ三尺のとがり笠で、これもすべて金色。
馬上侍の具足は、母衣を黒で統一し、金の半月印を付けています。
馬にはそれぞれ豹、虎、熊の皮の馬鎧をかけ、なかには孔雀の尾の馬鎧をしているものもいました。すべての騎馬武者は黄金づくりの太刀大小を帯びています。
なかでも原田左馬之助宗時の装いは目立ちました。
駿馬には黒豹の馬鎧をつけ、朱鞘に金箔の太刀、長さ一間半の木刀を腰につけ、鞘の中ほどに金物をつけていたといいます。

そして伊達政宗はというと・・・
赤地の錦の直垂に黒漆塗りの五枚胴の鎧をつけ、鉄板札の草ずりをはき、兜は弦月形の前立に梅鉢紋透かしの吹き返しをもったものをつけ、棕櫚植えの髪のある頬当て、鎖つなぎの籠手を着用していたといいます。大小はすべて黄金づくり。
陣羽織は、黒羅紗の地の裾に、紅羅紗の山形模様で、金糸、銀糸、色糸をより合わせた飾り糸が放射状に走り、眩いばかりに輝いていたといいます。

まさに錦絵から飛び出してきたようだったといいます。

仙台市博物館では、伊達政宗の朝鮮出兵時の戦装束を思い起こさせる、絢爛豪華な品々が収蔵・展示されています。

ゆかりの地・史跡
仙台市博物館 仙台市青葉区川内26番地(仙台城三の丸跡)
TEL:022-225-3074

 

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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 伊達政宗 宮城県

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