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織田信長、上杉謙信献上の若鷹に感激(今日は何の日)

9月25日 元亀2年(1571)

元亀2年というと、織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちにし、家臣の明智光秀が坂本城を築城しています。その前年の元亀元年には、織田信長は姉川の合戦で、浅井・朝倉を破っています。

元亀2年(1571)1月、織田信長は、陸奥国へ鷹師2名を派遣するため、過書(関所通行の許可証)及び道中の警固を上杉謙信に依頼しています。

そして9月25日、上杉謙信に求めていた若鷹が織田信長の元に到着し、その非情に珍しい様に感激、“秘蔵し自愛する”ことで謝意を表明しました。

この頃の織田信長と上杉謙信は、仲が良かったのでしょうか。
その翌年の元亀3年(1572)、武田信玄に抵抗するため上杉謙信は、申し出のあった織田信長と同盟を結びます。

しかし、天正4年(1576)には、織田信長との同盟を破棄して、反信長包囲網を築き上げ、信長との対立を明らかにしました。


織田信長に仕えていた鷹匠は、現在にも伝承されている諏訪流鷹匠といい、(吉田流という鷹匠も仕えていたようです)明治時代には、宮内省鷹師として鷹匠の中核となり、放鷹術を現代に伝えているといいます。

元亀2年は、織田信長にとっては、とても忙しい年だったでしょう。
頭領として、ストレスも多かったのでしょうか?
鷹狩は、そのストレス解消法のひとつだったのかもしれませんね。



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テーマ : 戦国時代 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 織田信長 上杉謙信 逸話

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